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2017.06.19
田中一村 東山魁夷 そして吉武弘樹

ここ週末、入梅にもかかわらず晴天が続き、早朝、千葉の鹿野山に行った。40歳を前に東山魁夷は終戦の翌年、ここ冬の鹿野山に数日滞在し出世作「残照」を描く。30歳から50歳まで千葉県に在住していた早熟の天才、田中一村は相次ぐ落選の後、50歳で奄美大島に移住。大島紬の染色工をしながら「アダンの海辺」など名作を残した。

40歳まで身内の不幸など不運を囲った東山魁夷はその後、名誉の世界では栄達。田中一村は生前知られることなく一生を終えた。69歳の死後その評価が一気に高まりいきの永い人気が。

同期でありながら2人の画家の生涯の最初は貧との戦いだった。そして田中一村は生涯。僕はどちらも好きな画家だ。サラリーマン時代勿論、原画など買えるまでもなく、田中一村の版画集を買ったくらい好きだった。

快晴のなか成田から飛び立つ飛行機が僕の頭上、ひっきりなしに白い機体をここちよく過ぎ去って行く。僕自身の存在証明をくれるように。僕の好きな若手の画家、吉武弘樹さんの描く、飛行機を思い浮かべた。芸大卒業の首席に与えられる平山郁夫賞、台東区長賞を受賞された作品は、東山魁夷の1962年の作品「白夜光」の世界だと直観的に思った。

東山魁夷の画家としての出世作「残照」から今年で70年。その鹿野山を吉武弘樹氏は描くとおもう。もちろん白い機体の飛行機が飛んでいる。

スケッチブックを閉じ、南房総白浜、青木繁の「海の幸」の布良に車を走らせた。

 

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鹿野山

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