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2025.12.24
守屋多々志 (もりやただし:文化勲章)芙蓉図

1912年(大正元年)、岐阜県大垣市船町の味噌たまり製造元「四代目孫八」の四男(11人兄弟の8番目)として生まれる[2]。生後100日目、分家守屋貞吉(大垣市桐ヶ崎町の米穀商)へ養子に出される[1]1930年(昭和5年)、岐阜県立大垣中学校(現:岐阜県立大垣北高等学校)を卒業[1]。上京し、同郷の前田青邨に師事[1]1931年(昭和6年)、東京美術学校(現:東京藝術大学)日本画科に入学[2]。在学中に特待生となる[2]。同級生には髙山辰雄がいる。1936年(昭和11年)、東京美術学校を卒業[1]。卒業製作「白雨」が川端玉章賞を受賞[1]

1941年(昭和16年)、再興日本美術院第28回展に「継信忠信」が初入選[1]1943年(昭和18年)、第30回院展に「陸奥の宿」が入選[2]、この年から雅号を「多々志」とする[2]1954年(昭和29年)、総理府留学生としてイタリアに2年間留学[1]1967年(昭和42年)、法隆寺金堂壁画再現模写開始[1]。第十号壁「薬師浄土」を担当[1]1972年(昭和47年)、文化庁より高松塚古墳壁画模写を委嘱され、東壁の女性群像を担当[1]1974年(昭和49年)、日本美術院同人に推挙される[1]。同年、愛知県立芸術大学日本画科の教授となる[2]1976年(昭和51年)、飛鳥保存財団より委嘱され、高松塚壁画館に展示するための壁画模写(20面)に総監督として従事[2]1977年(昭和52年)、第62回院展出品作品「駒競べ」にて文部大臣賞受賞[1]1984年(昭和59年)、ローマ教皇庁より聖シルベストロ教皇騎士団勲章受章[2]1985年(昭和60年)、第70回院展出品作品「愛縛清浄」にて内閣総理大臣賞受賞[1]2001年(平成13年)7月28日大垣市守屋多々志美術館が開館[3]。同年、11月3日文化勲章を受章[2]

2003年(平成15年)12月22日、聖路加国際病院において死去[2]。享年91。

(ウイキペディア)

芙蓉図は文芸誌のカバーにもなり、著名な画家でもありコレクターが長年所有していたもの。この作品で守屋多々志を初めて知る。

 

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